「やりたい事とやるべき事が一致する時、世界の声が聞こえる」のだろうか。

銀河美少年

掲題のタイトルにビビっときた人はきっと僕と良い友達になれると思います、むしろなって下さい、どうも早乙女です。この記事は最近感じていることをありのままに書きなぐる雑記になるはずなので、役に立つことは一切かかれていないと思いますが、自分の記録用として残しておこうと思います。

 

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一昔前、ブログがブームになり、誰も彼もがブログを書き始めた頃、もしくはもっと昔、僕が中学や高校生のころに流行した「リアル」や「mixi」の日記、他人に読まれることを意識しない素朴なつぶやきみたいなブログをみんなが書いていて、僕はそういったブログを読むのが好きで、いつの間にか自分自身も書いていて、こうやって今もなお書くことを辞めていない。僕は、まだその延長線上にずっといるのかもしれない。

 

しかしながら、いつの頃からかブログは「ブランディングツール」になり「お小遣い稼ぎの媒体」になり、”普通の日常を記したブログ”がとっても減ってしまった。セキュリティ意識も高まり、不用意にプライベートについて書く人もいなくなるのは当たり前だ。ちょっとした一言、数文字を、誰かが揚げ足を取るように非難したり、炎上させたりしている現代のインターネット上では誰もが、気軽にホンネを言えない空気感が漂っている。

 

颯爽登場なんて出来ない

普段の生活の中で、恋人や親しい友人を除いては基本的に「早乙女まどか」のTwitterアカウントやブログを隠して生活している。「いやいや、当たり前だろう」と言う人も多いかもしれない、なんせバレたところでロクなことが起きないからだ。

 

いや、別にバレても殊更咎められるようなことや非難されるようなことはしていないはずだ。「東大ち◎こで優勝」「童貞キモい」なんて呟いていないし「浮気や不倫をしている自分って、、」と悲劇のヒロイン、よくわからない自分自身に陶酔しているアカウントでもない。彼女との生活での惚気や、普段自分が考えていることや実践していること、その、ありのままを140文字のツイートや、あるいはブログの記事として吐露しているだけのなんら変哲もないアカウント、嘘偽り無く等身大に近いアカウントである。むしろリアルの自分自身より、より一層自分の色が出ているのが「早乙女まどか」であると言っても過言ではない。むしろ僕は「早乙女まどか」を通してしか自分を表現できていない、それはとっても息苦しいことなのかもしれない。

 

と言うのも、現実社会(タテマエ)は、言いたいことも言えなく「自分」を出すことなんて殆どない、言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズンとはよく言ったものの、それが大人になるということでもあって、なんとなく様々なものが色あせて見えるようになっていった。

 

普段は低姿勢を徹底し、人と話す時は傾聴に徹し、相手が不快な気持ちにならないようにひたすら気を使う。人からどう見られているかを常に意識し、相手の望む自分を演じる。そうやって生きていると、たしかに「世渡り上手」になることはできるのだが、自分自身として生きている心地はしないように思える。

 

と、ここまで暗い話をしてしまっているが、そうやって生きていても、信頼してくれる人は増えるし、中にはもっと踏み込んで来てくれる人もいて、固く閉ざしている(はず)の僕の扉を開けて、親交を深め仲の良い友人になる人もいる。幸せなことだと思う。毎日摩耗するだけの息苦しい世界を生きているなと感じることは多々あるが、そんな世界でも、小さな喜びもたくさん溢れていることに気がつくと、少しだけ、幸せな気持ちになる。

 

そんな僕にとって、終わりのない日常の中で、唯一の救いは最愛の彼女と過ごす時間や、こうやって、ブログを書いたり、写真を撮ったり、自分の好きなことに没頭したり、仲の良い友人たちとの時間が確保出来ていることだ。Twitterも、その意味では僕の救いの1つの手段として上手く機能している。自分自身で”息をしている”と実感する。

 

現実社会(タテマエ)では、所謂、僕は耳と目を閉じ口を噤んだ人間になろうとしている(なっている)。一方で、このようにブログやSNS、写真という手段を用いて辛うじて本来の自分が社会との接点を保ち、そして自己実現を果たしている。

 

「社会に不満があるなら自分を変えろ、もしくは社会をお前が変えればいい」と言われればそうなのだけれど、水は低きに流れるように人は易きに流れてしまうもので、これは僕も人のことが言えない。「早乙女まどか」と言うアバターをかぶった本来の僕も、易きに流れていることは多々ある。

 

ただし、世界は変えられなくとも、せめて自分の身の回りや、普段自分がいる小さな世界程度であれば、自分からの働きかけでなんとか環境を変えることは出来ると思っていて、つまりそれは、そんな大きな社会(タテマエ)へのささやかな反抗と、緩やかに歳を重ねてしまった自分自身が、色味を失ってしまったメガネを通し、斜に構えて現実社会を辛うじで生きていく術でもあった。

 

アプリボワゼ

仮面ライダーは変身ベルトで変身をしなければ力を発揮することが出来ない。仮面ライダーは変身することで、世界、国、地域、町、学校等を守っている。そういう大義名分、正義の名の下で変身ベルトを着用し、大いなる力を手に入れそれを行使する。『天空の城ラピュタ』では、パズーは「シータを守る」という大義名分が出来たからこそ「父性」を取り戻し、大いなる母ドーラー(母性の象徴)と一緒に空を飛ぶことができた。むしろ、シータやドーラーと言う母性の許しが無ければ空をとぶことが出来ない弱さが「矮小化する父性」を顕著にあらわしている。「肥大化する母性と矮小化する父性 」とでも言えばいいのだろうか。

 

何故「早乙女まどか」というアバターを通してしか、僕は僕として息ができないのかという疑問にぶち当たる。特に大義名分も正義もないし、大いなる力なんて到底ないけれど、何故仮面を被るのか。昔から変身願望はある、仮面ライダーは大好きだった。それこそ昭和ライダー後期から平成ライダーのディケイド辺りまでは全ての作品を観て、30ライダー程度の変身ポーズは今でも覚えていて再現できる。そんな変身願望と、社会に適応するための仮面が逆説的に結びついてしまった結果なのだろうか。

 

そんな難しいことじゃない、単純に僕が弱いだけなのだろうけれど。

 

普段の僕は、仮面を被っていない僕は、ある意味仮初的な体裁を保ち社会に適応する。「早乙女まどか」というアバターを通すことで、やっと全てのしがらみから解放され本来の自分として息をすることができる。僕は、変身をすることでしか息をすることが出来ないのかもしれない。

 

きっと同じような人は世の中にたくさんいる。社会に適応するために自分自身を殺す人は大勢いる。僕もその中の1人で、むしろ僕の程度は軽いものかもしれない。

 

だからこそ、そんな社会でタテマエを気にせずに自分自身を生きている人を見るととても羨ましくなる。同時に自分の非力さが情けなくなる。どんな場所でも、仮面なんて被らず己を突き通せる人の強さは眩しい。それはつまり、社会がそれを望んでる状態と言っても過言でない。社会(タテマエ)が、それを求めているのであれば、隠す必要なんてない。そんな社会を作ってしまったその人自身の強さがそこにはある。そしてその裏にはとてつもない努力の積み重ねやチャレンジと失敗があるのだろう。

 

世界の声が聞こえる

「やりたい事とやるべき事が一致する時」と言うのはつまり「自分のやりたい事を、社会が望むようにする」ことなのかもしれない。その人の強さや輝きが社会に影響を与えて、少しずつ世界を変えていく。

 

その意味では、僕は非力で到底それには及ばない、完全に力不足だ。経験もチャレンジも失敗も、全然足りていない。

 

しかしながら、もし「やりたい事とやるべき事が一致する時」を実現できれば僕自身は「早乙女まどか」のアバターを被る必要が無くなる。それはつまり現実社会に適応している僕と「早乙女まどか」の境界が無くなることであり、完全なる自己実現だ。

 

『STAR DRIVER 輝きのタクト』と言う作品の主人公の名言の1つに

やりたい事とやるべき事が一致する時、世界の声が聞こえる

というセリフがある(掲題の通り)。

 

僕が大学生の頃にリアルタイムで放送されていたアニメだ。「綺羅星☆」という象徴的なセリフも多い面白いアニメなのでぜひお正月にでも見て欲しいところなのだが、久々にそんなアニメの掲題のセリフを見て、何か自分の中でふつふつと沸き立つ思いが溢れ、このような文章を書いてしまった。

 

「社会に適応することは、自分を殺すことである」と、大人になるにつれ学ぶ人は多い。しかし、そのように生きていると、平凡な、終わりなき日常を、味気なく、色味が無い毎日を過ごすことになる。

 

そんな毎日に嫌気がさすから、僕はそこからの逃避として、本来の自己実現として「早乙女まどか」のアバターを用意した。

 

しかし最近になって「アバターを被る意味」について考えることが多くなった。

 

2017年はアバターを通しての活動がとても多かったように思う。2018年以降は、アバターと現実社会の僕との融合を目指して、少しばかり変わったチャレンジをしていきたい。そしてやりたい事とやるべき事を一致させ、世界の声を聞こうと思う。

 

スタードライバー 輝きのタクト 銀河美少年伝説 颯爽コンプリートガイド

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コーヒーが冷めないうちに

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