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まどかの戯言集

美容・恋愛についてアラサー男子が実際に使ったり/試したものを書き綴る

”晒しの正義” 〜或いは、暴露と向き合うことについて〜

読書 雑記

はじめに

今朝、とある有名Twitterアカウントの方が「Twitterを辞める」宣言をしていた。

 

 

 

どうやら、過去の、とってもプライベートで、本来であれば、本人間ぐらいでしか知られていないはずの情報が2chに書き込まれていたことが原因らしい。

 

シェアという正義

個人の情報や、会社の機密情報、データが暴露される時、そこには何かしらの事情が裏に必ず存在している。

 

それは、個人的な怨恨、ねたみかもしれないし、或いは政治的な意図、レイヤーを少し変えてみると、軍事的、国家的な意図が絡んでくる情報の暴露も存在する。

 

個人情報を暴露された本人や、その情報が暴露される事を嫌う人にとっては災難でしかないが、一方で、そういった情報・諍い事は、他人にとっては恰好の好奇心の対象であり、世間話のネタであり、ある種、見世物になってしまう側面がとても大きいため、暴露された情報は瞬く間にインターネット上に拡散されていく。

 

Twitter、Facebook、キュレーションメディア等の普及によって、僕達が住んでいる世界は、晒し・晒され・覗き・覗かれることが日常的に行われるようになった。インターネット、ITサービス、スマートフォン等の情報端末の普及により、そういった暴露は一層加速している。何か事件やリアルタイムで起きている事象について知りたい時は「まずTwitterで検索する」みたいなことも当たり前になってきた。そのリアルタイムで起きていることを実際に観測している人がTwitter上に当たり前のようにいて呟いているからだ。スマホのカメラを使えば、画質の良い写真が音も出さず一瞬で撮れて、あっという間にネットにアップ出来てしまう、技術の進歩は素晴らしい。もしかしたら、例の成宮くん事件の証拠写真もスマホで撮られたのかもしれない。

 

僕達にとっては当たり前のことだが一昔前には考えられない事態だ。

 

人は、もともとおしゃべりだから、高校時代や中学時代に「秘密にしてね♥」なんて言って、友人にとある秘密を喋ったら次の日にはクラス中に広まっていた経験はきっと誰しもがあるだろう。

 

他人の秘密は人に話したくなるし、むしろ自分の秘密もおしゃべりしたくなる時もある。秘密を共有すると、相手と親しくなった気分になる。でも、誰かが秘密を隠していたら、独断の正義を振りかざしてそれを暴露しようとする「晒しの正義感」も生まれてしまう。そういった人間の性を、情報技術は一層加速させている。

 

暴露の対象となった人は、最初に暴露された限定的な範囲の情報ではなく、ありとあらゆる情報を芋づる式に後日暴露されていく。暴露の連鎖が必ず発生するのだ。そうやって芋づる式に晒された・暴露された情報は、実は「暴露・晒される必要もない情報」「シェアされる必要もない情報」である場合がとても多い。

 

個人のとてもプライベートな情報や些細な事、過去etc... 誰にだって知られたくない過去はあるし、隠していることもある。しかし、他人にとってそんなことはお構いなしだから、何気なく、面白半分でRTした呟き、2chに書き込んだ内容が、本人を深く傷つけていることだってたくさんあるのだ。世の中には一定数の、悪意をもって人に「」という「マサカリ」を投げるやつが居いる。大小様々だが、時として、それは対象人物を瀕死にしかねない。

 

暴露の時代に生きる

こんな事を言っているが、僕はTwitterでもブログでも顔を出しているし、職業すら、ブログの記事や普段のTwitterの発言を分析すれば大体憶測できるし、働いている場所や住んでいる所もおそらく検討がつくだろう。「〜にいませんでした?」なんてDMも届くくらいだ。脳内垂れ流しアカウントとはまさにこのことである。

 

それでも一応個人情報が流出していないかは常にチェックしていて、個人で作成した以前ブログでも紹介したツールを動かしているので2chやTwitterで言及されたときは僕のiPhoneに通知が来るようになっているし、特定の2chスレットの書き込みは全てtextデータとしてクラウド上に保存している。テキストデータなんで、そんな量にならないから、お金もかからない。

 

出来る対策は入念に講ずべきだと思う。自意識過剰すぎると思うぐらいでもちょうど良い。こうやって自分に関する情報を収集しておけば、いつかそういった暴露の危機に晒された時に有利に動く事ができる。法的機関を使いやすくなる、証拠は保存しておくべきだ。

 

悪意や独断の正義を振りかざし、過剰な行為に打って出る人たちを、のさばらしておく訳にはいかない。インターネットは今や無法地帯になっていて、おもちゃに出来そうな個人を見つけたらマサカリを投げて痛め付ける風習がある。それはまさに正されるべきで、そうした人間の尊厳を奪うような真似をしている人々は、しかるべき社会的な制裁を受けるべきだ。ある種の「一線を越えると痛い目を見る」ことを、もっとインターネットの人々は自覚した方が良い。

 

そして、一方でインターネット上で無慈悲な悪意を向けられて心が弱っていても、リアルの世界には暖かくあなたを包んでくれる友人や相談できる友達、親もきっといるだろう。そっとPCの画面を閉じて、スマホからツイッターや2chのアプリを消そう。

 

そして、収集されたデータを上手く使い、悪意の元を断つことすらできる場合が多いので、その可能性を探ろう、然るべき機関に相談しよう。「暴露の時代」は情弱には辛い時代だが、情強には生きやすい世界だ。そもそも2chなんかに素(IP偽装とかせずに)で書き込んだりしているような人は情弱だ。

 

でも、僕達は、もっと自覚しなければいけない。

暴露や晒しの時代に生きているということを。

 

何も隠すことがない、恥じることがない、そんな聖人は世の中には存在しないだろう。イエス・キリストも、聖母マリアも、聖徳太子も存在しないのだ。だからこそ、僕達凡人は、もっと積極的に自分の情報を管理して守らなければいけない。それが「暴露の世紀」で生き残る唯一の生存戦略なのだから。

 

参考文献

暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム (角川新書)

暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム (角川新書)

 

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