跡継ぎ。

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僕の地元は、電車は1時間に1本、12時になる前には終電がなくなる、周りは田んぼと山に囲まれていて、「字(あざ)=集落のようなもの」がポツポツとあるような田舎で、そのぽつぽつとある集落の一つのお寺の家に僕は生まれた。お寺息子であり、跡継ぎ息子である。

 

両親は「継がなくて良い」「東京から帰ってこなくて良い」と言っており、僕が「お寺を継ぐ資格=住職になる資格=”教師”」を取ることをさせようとしない。得度(仏教における僧侶となるための出家や儀式のこと)は小学生の頃に済ましているので、一応僕は僧侶ではあるのだけれども、「住職」になるためには「教師」を取得していないといけなく、そのためには10日程京都にあるお寺の総本山で修行を行い、実技・筆記試験を行い、それに合格しなければいけない。社会人になってから10日間も連続で休みを取ることはなかなか難しいことなのは重々承知しているけれども、やはり習得しておきたい気持ちはある。

 

浄土真宗の僧侶のつくり方

 

僧侶であるため、僕は幼い頃から、当時の住職である祖父に連れられて、様々な門徒さん(分かりやすく言うと、お葬式や季節のお参りをそのお寺でしてくれる家)へのお参りに行った。

 

祖父は、家のお寺の宗派の中でも高位の僧侶であったため、お布施の値段が驚くような金額であったことは今でも覚えているし、当時の小学生の僕にもお布施があるのだから、宗教とは、よくわからないけれどお金がたくさん動く世界なのだろうか、と幼いながらも考える機会が多かった。

 

梅棹忠夫『情報の文明学』と言う素晴らしい本に「お布施の理論」が紹介されている。要は「お坊さんのお布施の値段は何によって決まるか」という話なのだが、それに対して梅棹忠夫氏は以下のように述べている。

 

ひとつは、坊さんの格である。えらい坊さんに対しては、たくさんだすのがふつうである。もうひとつは、檀家の格である。格式の高い家、あるいは金もちは、けちな額のお布施をだしたのでは、かっこうがつかない。お布施の額は、そのふたつの人間の社会的位置によってきまるのであって、坊さんが提供する情報や労働には無関係である。

 

「格づけ」によって情報財の価格が決まるという考えは、今の時代では、当たり前のようになっている。いわゆる口コミサイトやソーシャルメディアでは、ユーザーによる「格づけ」(評価)が、情報財の価値を決定しているからだ。

 

しかし、この本が書かれた当時はそのような「情報化」社会が進む以前の話で、全くもってそのような考え方は社会一般に広まっていなかった。それにも関わらず、彼は今日のような「社会的・公共的価格決定理論を基礎とする経済学」が広まる社会を「お布施の理論」等の例を用いて唱えた。日本における文化人類学のパイオニアであり、情報社会学を学ぶ上で誰もが聞く名前の人になっている。

 

情報の文明学 (中公文庫)

情報の文明学 (中公文庫)

 

 

話がそれてしまった。

 

そんな実家のお寺が1年ほど前に建て替えられた。老朽化が進んでいたのだ。本堂の雨漏りも酷かった。建て替えられたことは素直に嬉しいが、その建て替で僕はお寺について、今一度考えることになった。

 

心の拠り所としての宗教

 

前住職である亡き祖父は、村の人たちから大きな信頼を得ていた。貧しい家庭を支えたり、土地を無料で貸したり、村の行事の資金を無償で提供したり、寺子屋を開いたり、村の人の様々な相談に乗ったり。集落の住民全てを家族のように優しく支えていた心の広い人だった。そんな祖父だからこそ、厚い信頼を得て、祖父という人柄=お寺への信頼になり、この集落にとってお寺は心の拠り所になっていた。村の人々の厚い信仰の対象になっていた。田舎の村は、おそらく読者の方が想像しているよりはるかに昔のコードで人々が動いていて、良くも悪くも古くからの習慣も残っている。朝起きて玄関を見ると、朝採れたての農作物が「うちじゃ食べきれないから」「今年は豊作だから」と言ってドサっと置いてくれていたり、物々交換の経済もまだまだ活発だ。村には誰が住んでいて、どういう人なのかというのは村人全員が知っているので、住民の一体感は強く、相互扶助の共同体そのものだ。だからこそ、よそ者には排他的であることが多いのも、よくある話である。

 

時代と共に変化する宗教の在り方

そんな祖父が亡くなり、時代はみるみる進んでいく。祖父が支えた人たちも既に高齢者で、その子どもさんやお孫さんが彼らを支えるような生活になっていた。祖父が亡くなっても、彼らのお寺に対する信頼は厚く、住職を引き継いだ父には、多大な援助をしてくださった。その世代の人たちの信頼を受け継いだ父。

 

しかしながら、世代はもう変わっている。その子どもさんやお孫さんの世代なのだ。この世代の人たちには、言い方に語弊があるかもしれないが、宗教感は殆どなく、それこそ彼らの祖父母から村のお寺についての様々なエピソードを聞いて育てられたはいいものの、やはり実感がないので祖父母世代の人々のようなお寺に対する信仰は比較的に無いと言ってもいいだろう。

 

世代が変わっても、古い風習はある程度は残っているか、より近代化が進み、世代交代も行われている集落では、宗教の在り方や役割が、以前までのそれとは変化してきてることをひしひしと感じる。

 

高齢化社会と限界集落化する村

 なにより、村人の高齢化が顕著になっている。子ども世代や孫世代の人が村に残ることは少ない。村周辺での仕事もなかなか見つからないから、残るメリットがないのだ。また、上で述べているように彼らの「村のお寺」に対する信仰心のようなものも薄れていっている。あと10年もすれば本当に若い世代の人々はこの村を去るのではないかと思う程だ。かくいう僕も東京に出てきているし、妹達3人も京都にいる。ともなれば、このタイミングでのお寺の建て替えにはどういう意味があったのだろうかと思わずにはいられない。お寺の建て替えには億単位のお金が必要になる。その資金を拠出した門徒さんや一家(祖父は9人兄妹の長男)の思惑は僕にはまだ分からない。「亡き祖父の願い」だからだろうか? それを大義として建て替えを進めようとしていた門徒さんのエゴだろうか? 僕には知るよしもない。

 

 

跡継ぎ

冒頭でも言ったように、両親は僕にはお寺を継がなくて良いと言っている。そう言われてずっと育ってきている。一方で、祖父の兄妹にあたる親戚の人たちは継ぐことを望んでいる。ぼんやりとしか考えてこなかった跡継ぎ問題なのだが、僕ももう20代半ばであるし、今一度この問題について、そろそろ両親ときっちり話すべきタイミングなのかもしれない。

 

 

浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか (幻冬舎新書)

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