やれば出来るなんて、嘘っぱちだ

 

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「やれば出来る」なんて嘘っぱちだ。

そうじゃねえだろ!?

「やってみなきゃア わかんねえ」。

そうだろ!? 若者よ、童貞を誇れ!!!!!!!! 童☆貞☆万☆歳!!!!

 

 

 

中学生頃に流行っていたGOING STEADYというバンド。当時ボクはこのバンドに物凄くハマって、ギターをはじめて、コピーバンドを組んで、文化祭では『BabyBaby』を演奏したことを覚えている(あとL'Arc~en~Cielの『Ready Steady Go』もだ)。

 

今でも彼らの歌う姿を見ていると、ものすごい熱量が伝わってきて心が震える。彼らの歌は、当時の中学生とか高校生特有の視野の狭さ、それ伴う彼らに見えている小さな世界を、まるで当事者のような視点で語っているように錯覚して、それが歌詞になっていて、中学生だった僕の心は打たれた。

 

中学生と言えば思春期まっさかりだ。誰々と誰々が付き合っていてキスをしただとか、放課後一緒に帰っているところを見かけただとか、告白してふられたらしいとか、そういう噂は教室をいつも賑わせていた。僕はものすごい田舎出身なので1学年が100人にも満たない中学校に通っていたのだが、このレベルの少人数になると、噂などは1日で広まって次の日には先生にも伝わるような小さな社会だ。

 

男子はみんなABCのCに興味シンシンになる時期だ。誰々がCをしたらしい。どうだった?よくわからない・・。痛そうだった。そうか。子作りって難しいんだな。当時の保健室の先生が20代半ばのとても綺麗な新任の女性の先生だったので、男子はこぞって昼休みに保健室に遊びに行っていた。アイコ先生、通称アイコちゃんには、セクハラまがいの質問をたくさんしていた、Cに関する質問をたくさんするのだ。あいこちゃんは笑いながらごまかしたり、時には真剣に話をしてくれたり、そういう楽しい時間を過ごしていた。一番の話題は、誰が一番に童貞脱出するかだったことは鮮明に覚えている。

 

今の僕にとっては、こういう過去の思春期の甘酸っぱい?記憶を呼び覚ます歌詞、当時の僕にとっては、その時リアルで感じている感情や感覚、そういうものがそのまま歌詞になっているGOING STEADYの歌たち。共感しないわけがない。

 

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いま彼らの歌を一通り聞いてみると、どうやら彼らの歌う歌の歌詞の殆どが、所謂「セカイ系」なのではないかと思うぐらい「君(思いを馳せる相手)と僕(自分)」の関係性が全ての起点になっている。本来の意味での「セカイ系」は、その二人の関係性が、様々な事情を超えて世界を救ったり、巨大な悪を倒す物語のことを指すのだが、GOING STEADYが創りだす「セカイ系」の世界は、思春期の世界だから、とても狭い。それこそ、二人だけの世界(二人の関係性そのもの)だったり、学校生活だったり、それぐらいの世界(視野)の狭さだ。その世界の仮想の敵は大人であったり、ごく身近の周りの社会だったり。

 

大人になると、見える世界は広がりたくさんの視点で物事を捉えられるようになる。そうなると、少しばかり、二人だけの世界はチンケに感じてしまうようになるのかもしれない、そんなものは無いと思うようになるのかもしれない。だから、段々とGOINGSTEADYを聞かないようになったのかもしれない。それでも、今一度彼らの歌を聞くと、とっても滾る。生を感じる気がする。

 

大人になった今、もう一度彼らの歌をじっくり聞くと、もう戻ってこない青春に、僕は何を思うのだろう。

 

君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命

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