それでも僕はロマンスの神様を信じたい。

 

昨日のお昼ごろ、ちらっとTLを賑わせていたツイート。

 

 

 

結婚と恋愛の話。

 

 

 

 

 

 

「恋愛はロマンス」、「結婚はビジネス」

 

 

 

 

今日、あまりにも自明過ぎて言う必要もないですが「恋愛結婚」が主流ですよね。誰かを好きになって、愛し合って、結婚して〜 Romantic Love!!!!

 

頭の中で広瀬香美のロマンスの神様が流れ出しました。

 

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でも、少し前までは全然一般的じゃなかったんですね。

 

「愛ゆえに結婚する」と言うのは欧米の近代化の中で生まれたもので、日本の近代化の際に輸入されたと言われています。少し難しい言葉で言うと、「愛と性と生殖の三位一体」観に立つ結婚観。

 

「愛のある結婚」というゆるぎない信念が、性を「愛のあらわれとしての性」として捉え、それを「夫婦関係」にのみ限定するという価値観。

 

一方で、別の視点で見ると、「愛情規範」が関係を支える基盤。制度的な側面から見ると、非常に脆弱な基盤と考える事ができます。

 

では、輸入以前の日本のこれまでの結婚制度を見てみると、それは、封建制度のようなもの、と言えば分かりやすいでしょうか。要は、結婚制度とはのための物で、個人のものではなかったということです。家のためなので、もちろん、個人の自由意志や恋愛感情とは切り離されています。

 

そもそも、””という概念も今僕たちが考える””とは全然違いますので、少し伝わりにくいかもしれません。僕達が概念として認識している家、言い換えると”家族”とは血縁関係者に限定されたもので、それを”近代家族”と言います。一方、近代以前は、”家族”にはお手伝いさんも含まれていたし、”家族”という共同体は労働の機能も持っていましたし、もっと広い意味で使われていました。産業革命以前以後では、”家族”という共同体が持つ機能が外部化されて大幅に形が変化しました。そのため、”家のため”みたいなことも必要がなくなってきます。その流れで欧米的な価値観が輸入されていくEtc...

 

もっと詳しく知りたい人は、フェミさん大好きな上野千鶴子先生の『近代家族の成立と終焉』でも読めば良いと思います。だいぶ説明をはしおりました。

 

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どうでしょう、「愛情規範」が関係を支える基盤である近代的な「恋愛結婚」。大体の場合において、僕達は、それに支配されていますよね。それを「ロマンチック・ラブイデオロギー」と言います。アンソニー・ギデンズという超有名な学者さんが『親密性の変容』という本の中で、これも詳しく説明しているので読んでみると良いと思います。もしあなたが学生さんなら、間違いなく大学の図書館にあるはずなので一読すべき!

 

amzn.to

 

その押し付けられた恋愛観、一種の洗脳、から開放されることは、非常に難しいです。生まれた時から、その価値観を埋めつけられているから。人は環境に規定されてしまう、一度規定されると、なかなかにその規定から外れることはできないし、規定され続ける限り、自身を客観視することって、大体できません。

 

僕達はロマンスの神様を信じるように洗脳されていると言っても過言ではないのかもしれません。

 

amzn.to